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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2992号 判決

控訴人

根岸スエ

被控訴人

桜井キミヱ

他一名

主文

控訴人の本件控訴および当審における予備的請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主位的請求として「原判決を取消す。被控訴人桜井キミヱは控訴人に対し原判決添付の別紙物件目録の土地建物の持分二分の一につき横浜地方法務局横須賀支局昭和四三年一二月二〇日受付第二九二七八号昭和四三年一二月二〇日贈与を登記原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人逗子信用組合は控訴人に対し同目録記載の土地建物の桜井キミヱ所有名義の持分二分の一につき、横浜地方法務局横須賀支局昭和四八年五月二三日受付第一九六八六号昭和四八年四月二八日設定を登記原因とする根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、当審における予備的請求として、「原判決を取消す。被控訴人桜井キミヱは、原判決添付の別紙物件目録記載の土地建物の持分二分の一の内持分六分の一を遺留分減殺請求を登記原因として控訴人に所有権移転登記手続をせよ。被控訴人逗子信用組合は前項により控訴人が取得せる土地建物持分上に存する横浜地方法務局横須賀支店昭和四八年五月二三日受付第一九六八六号昭和四八年四月二八日設定を登記原因とする根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、左に付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

(主張関係)

一、控訴人

(一)  主位的請求の補足について

1 控訴人は原判決添付物件目録一、二記載の土地建物(以下本件不動産という。)につき、亡根岸誠二(以下誠二と略称する。)より被控訴人桜井キミヱ(以下桜井と略称する。)に対してなされた持分二分の一の贈与は、妾契約に基づくもので公序良俗に反するものであるから無効であると主張するものである。

亡誠二の相続人は、同人の妻である控訴人(相続分三分の一)と同人の養女である訴外根岸克子(以下克子と略称する。相続分は三分の二)の両名であつて、控訴人は共同相続人の利益のために相続財産の回復、保全を求めるものである。原判決請求原因第九項(同判決四枚目裏八行目以下同一〇行目まで)に記載するところは右の趣旨である。

2 被控訴人らは、亡誠二から被控訴人桜井に対する本件贈与は不法原因給付に当り、亡誠二の相続人たる控訴人はその返還を請求しえないものであると主張するが、(イ)控訴人は亡誠二の妾契約上の地位を相続するものではないから民法第七〇八条にいう「不法ノ原因ノ為メ給付ヲ為シタル者」の地位を承継するわけはない、控訴人は本件贈与により相続権を侵害された被害者であつて、妾契約に基づく本件贈与契約については第三者である。(ロ)仮に、控訴人が亡誠二の贈与者の立場を承継するとしても、不法原因は妾たる被控訴人桜井の側にのみ存するものであるから、同法第七〇八条但書によつてその返還を求めうる。

(二)  予備的請求について

1 本件不動産を目的とする亡誠二、被控訴人桜井間の贈与が有効であるとするならば、右贈与は、後記のごとく、控訴人が亡誠二の相続人としてその遺産につき有する遺留分を侵害するものである。よつて、控訴人の主位的請求が認容せられないことを条件として本訴(昭和五一年七月二日付準備書面)において右減殺請求の意思表示をする。

2 亡誠二は昭和四九年六月二五日死亡し、その相続人は妻たる控訴人と養女たる訴外克子の両名であるから控訴人の遺留分は六分の一となる。ところで、亡誠二は、その死亡前の昭和四三年一二月一〇日に、同人の唯一の財産である本件不動産につき訴外克子と被控訴人桜井に対しそれぞれ二分の一の持分を贈与し、同日その旨の登記を経由した。右誠二から克子に対し贈与された持分はその死亡より一年以上前になされたものであるため遺留分算定の基礎となる財産に算入しえないが、被控訴人桜井に対し贈与された持分は、遺留分権者を害することを知つてなされたものであるから減殺請求の対象となる。

よつて、控訴人は、被控訴人桜井に対しては同人の持分のうち六分の一について移転登記手続を求め、被控訴人逗子信用組合(以下組合と略称する。)に対しては右六分の一の持分の上に存する根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

3 減殺請求権が時効消滅した旨の被控訴人らの主張は理由がない。控訴人は、本件贈与は前叙のごとく妾契約に基づく無効のものと確信しているものであるから、右を請求原因とする主位的請求が排斥された時点においてはじめて「減殺すべき贈与があつたことを知つた」ことになるものであるからである。

4 被控訴人らの申立てにかかる価額弁償は許容さるべきではない。価額弁償は被控訴人桜井に資力がないときは画餅にすぎないばかりでなく、控訴人は原判決添付目録二記載の建物(以下本件家屋という。)より追い出されて住家を失う結果となり回復し難い損害を被るからである。

二  被控訴人桜井

(一)  主位的請求の補足について

1 本件不動産につき、亡誠二から被控訴人桜井に対してなされた持分二分の一の贈与が無効であるとの被控訴人の主張は否認する。

2 右贈与が被控訴人主張の事由により無効であるならば、控訴人は「不法ノ原因ノ為メ給付ヲ為シタル」亡誠二の相続人として同人の贈与者たる地位を承継したものであるから、民法第七〇八条によりその返還を請求しえない。被控訴人は亡誠二の妾契約上の地位を相続するものではないから、妾契約に基づく本件贈与契約については第三者に当ると言うが、右贈与契約から発生する債権債務関係は契約内容自体から判断さるべきであつて、その主体が亡誠二であると控訴人であるとによつてその効果を異にするものではない。

(二)  予備的請求について

1 本件贈与は控訴人の遺留分を侵害するものではない。

2 亡誠二が高令で働けず、また、みるべき収入がなかつたにも拘らず本件不動産が現在まで維持されたのは、被控訴人桜井が自分の持つている現金や動産を処分して得た金をもつて生活費を補い、養子克子と共に「海の家」「食堂」等の経営に努力した賜である。したがつて本件不動産は実質的には亡誠二のものとはいえない。ところで、亡誠二は右のごとき被控訴人桜井の努力に対する感謝と同人の亡きあとの養女克子の面倒を被控訴人にみてもらうために本件不動産の二分の一の持分を被控訴人桜井に贈与するとともに、右克子に残り二分の一の持分を生計の資として贈与したものである。右両名に対する贈与がたまたま同日になされたからといつて、被控訴人桜井に対する贈与が第一次的であり、克子に対する贈与は第二次的なものである。よつて、控訴人の減殺請求は被控訴人桜井に対しなさるべきものではなく、克子に対しなさるべきものである。

3 減殺請求権は民法第一〇四二条により、相続の開始及び減殺すべき贈与があつたことを知つたときから一年間これを行わないときは時効により消滅する。ところで、控訴人は、本件を提起した昭和四九年七月一七日には、減殺すべき贈与の存在を知つていたものであるから同五〇年七月一七日の経過をもつて右減殺請求権は時効により消滅したものである。控訴人は本件贈与の無効を請求原因とする主位的請求が棄却された時点から時効期間を起算すべきであるというが、控訴人の主位的請求が民法第七〇八条に照らし許容さるべくもないことは訴訟の結果をまつまでもなく明白であるから、控訴人の右消滅時効起算点に関する主張は、不当に時効の成立を妨害し、法律関係の安定を乱すものであつて、排斥さるべきである。

4 仮に、本件贈与が控訴人の遺留分を侵害するものとするならば、被控訴人桜井は控訴人に対し民法第一〇四一条の規定により減殺を受けるべき限度において価額による弁償を求める。

三  被控訴人逗子信用組合

(一)  主位的請求について

前叙被控訴人桜井の主張1、2と同一であるからこれを援用する。

(二)  予備的請求について

1 本件贈与が控訴人の遺留分を侵害するとの主張事実は否認する。

2 控訴人の減殺請求権は既に時効により消滅しているから減殺請求は棄却さるべきである。その理由は、被控訴人桜井の前叙3と同一であるからこれを援用する。

3 仮に、本件贈与が控訴人の遺留分を侵害するとしても、受贈者たる被控訴人桜井は、贈与の目的たる本件不動産につき、昭和四八年四月二八日被控訴人組合との間に極度額三〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を結び、同年五月二三日その旨の登記を経由しているものであるから、控訴人としては民法第一〇四〇条第二項、第一項の規定により、受贈者に対し価額弁償の請求のみをなすべきものであつて、被控訴人組合に対し根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めることは許されない。

(証拠関係)(省略)

理由

一  成立に争いない甲第一、二号証、同三号証の一ないし三、同第四ないし第七号証、同第一〇、一二号証、原審証人根岸ちえ、同根岸貞治、同根岸克子の各証言、原審における控訴本人尋問の結果(ただし一部)、原審および当審における被控訴人桜井キミヱの各本人尋問の結果を総合すれば、左記1ないし6記載の事実を認めることができる。なお、右事実のうち3記載の事実を除くその余の事実については、控訴人、被控訴人桜井間においては争いないものである。

1  控訴人は、亡誠二と昭和二七年四月一二日婚姻してその届出を了し、誠二の所有であつた本件建物(当時は逗子市逗子二八四番地所在)に於て同棲したこと、誠二は当時同家屋で有限会社みかど食堂の屋号で食堂を経営していたものであること(請求原因第一項関係)

2  誠二は、昭和三三年六月頃より家を出て被控訴人桜井と同棲し、昭和三六年三月四日からは逗子市内で同棲したこと(同第二項関係)

3  その間昭和三三年四月二一日、誠二は控訴人と離婚すべく横浜家庭裁判所横須賀支部に離婚の調停を申立てたが、同年六月三〇日不調に帰したこと(同第三項関係)

4  その後、誠二は本件建物を訴外三協商事有限会社い貸与したこと(同第四項関係)

5  誠二は、昭和三六年控訴人に対し離婚訴訟(横浜地方裁判所横須賀支部昭和三六年(タ)第七号事件)を提起したが、同事件の判決では、誠二と被控訴人桜井間には妾関係があると認定され、誠二の請求は棄却されたこと、なお、みかど食堂は、昭和四八年より被控訴人桜井と誠二の養女訴外克子が共同で経営していること(同第五項関係)

6  誠二は、昭和四九年六月二五日被控訴人桜井と同棲中の家屋で死亡したこと(同第六項関係)

而して、次の事実は控訴人、被控訴人ら間に争いがない。

7  本件不動産は、昭和四三年一二月二〇日誠二より被控訴人桜井と訴外克子に持分二分の一宛で贈与され、横浜地方法務局横須賀支局同日受付第二九二七八号にて所有権移転登記手続が経由され、更に、被控訴人桜井と訴外克子が右共有持分を担保にし、昭和四八年四月二八日債務者被控訴人桜井が被控訴組合と極度額金三、〇〇〇万円の根抵当権設定契約を結び、同年五月二三日横浜地方法務局横須賀支局受付第一九六八六号にて根抵当権設定登記手続を経由したこと(同第七項関係)

二  控訴人は、前記誠二より被控訴人桜井に対する贈与は妾契約に基づくものであつて無効であると主張し、被控訴人らはこれを争うので考えてみるに、前顕各証拠によれば次の事実が認められる。右認定に反する控訴人本人尋問の結果は措信しない。

1  誠二は明治二七年二月二日生れで、訴外アサと婚姻し、みかど食堂を経営するほか同食堂で煙草の小売、逗子海岸で「海の家」(海水浴客の脱衣場)を経営していた。そして昭和二三年四月二一日訴外克子(昭和一六年四月一〇日生)を養子とした。

2  誠二は、昭和二六年夏頃「海の家」に手伝に来ていた控訴人(昭和三年九月一四日生)と懇ろとなり、同年一〇月頃訴外アサと離婚し、次いで同二七年四月一二日控訴人と婚姻した。そして前記のように本件家屋に同棲し、控訴人はみかど食堂の経営を手伝うに至つた。

3  その後、誠二と控訴人の夫婦仲は悪くなり紛争の絶間がない有様となつた。その間誠二は、昭和三二年夏頃、養女克子を被控訴人桜井方にあずけたが、以後克子は同被控訴人と同居を続け、同女を親の如くしたい、現在に至つているものである。

4  被控訴人桜井は昭和九年三月二日生れで、熱海で芸者置屋をしている叔母の養女となつていたが、昭和三二年春頃叔母の家を出、鎌倉に居をかまえた。右鎌倉の住家は誠二の紹介あつせんによるものであつた。

5  誠二は昭和三三年六月(前記控訴人との離婚調停事件が不調に終る頃)本件家屋を出て被控訴人桜井方で同女と同棲した。しかし、そのため誠二はみかど食堂の経営にタツチ出来なくなり、同人の収入源は「海の家」と煙草の小売のみとなつたが(その後昭和三八年頃から本件家屋の賃料が入るようになつた。)、その頃同人は既に六四才という高令で活動力を欠き、右経営は専ら被控訴人桜井の努力に依存せざるをえなかつた。同被控訴人は誠二と克子を抱え、生活費の不足を補うため、自己の貯金をはたき、また、自分の着物等の動産も相当処分する有様だつた。

6  爾来、誠二は被控訴人桜井のみを頼りにし、昭和四五年眼病を患つて失明してからは片時も同女を離さず、同女の献身的看護に感謝しながら同四九年六月二五日八〇才で死亡した。

7  誠二は、こうした被控訴人桜井の愛情と努力に感謝し、かつ、同人のなきあと養女克子の面倒を同被控訴人にみてもらうため、昭和四三年一二月二〇日同人の全財産である本件不動産につき、その二分の一の持分を同被控訴人に贈与し、同日克子に生計の資として右不動産の二分の一の持分を贈与した。

以上のように、亡誠二と控訴人間の婚姻関係が破綻して久しきにわたり、しかも、その間被控訴人桜井において誠二を扶養してきたというような叙上の状況下にあつては、誠二より同被控訴人に対する本件贈与を目して公序良俗に反するものとはいえない。

よつて、控訴人の主位的請求はその余の点について判断するまでもなく失当であり、棄却を免れない。

三  控訴人は、前記誠二より被控訴人桜井に対する贈与が有効だとするならば、右贈与は控訴人の遺留分を侵害するものであるから、遺留分減殺請求をなすものであると主張し、被控訴人らはこれを争うので考えてみる。

前叙認定のように、本件持分贈与は誠二の死亡より一年以上前になされたものであるから、右贈与にかかる持分が遺留分算定の基礎となる財産に算入されるためには、民法第一〇三〇条後段の規定により、贈与者、受贈者の双方が遺留分権利者に損害を加えることを知つて贈与したものであることを要する。ところで誠二は、被控訴人桜井と推定相続人たる訴外克子の両名に対し同時に各二分の一の持分を贈与したものであるが、右各贈与の趣旨が前叙認定の如きものであつたことにかんがみると、被控訴人桜井としては、誠二の全財産の二分の一の持分の贈与を受けるにすぎず、なお、二分の一の持分が誠二のもとに留保されているのであるから相続人の遺留分を侵害することはないと考えて右持分の贈与を受けたものとみるのが相当である。そうすれば本件贈与は贈与当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知つてなされたものには当らないから、これを遺留分算定の基礎となる財産に加えることはできない。

控訴人の予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

四  結論

以上の次第であるから、控訴人の主位的請求を棄却した原判決は結局において相当であるので、本件控訴はこれを棄却し、また、控訴人の当審における予備的請求も理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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